迎凍。

不定期連載 山道をゆく 第118話
03/01/05 蛾ヶ岳(山梨百名山、庵選千名山200)
1/4(土)
庵庵…鴨居−横浜・THONG−東神奈川−町田〜八王子バイパス
〜八王子IC〜談合坂SA〜甲府南IC〜セヴンイレヴン〜

1/5(日)
〜県道409号〜四尾連湖畔駐車場…大畠山東肩…蛾ヶ岳
…大畠山東肩…四尾連峠…四尾連湖畔駐車場〜県道409号
〜笛吹川温泉〜JA〜勝沼IC〜談合坂SA〜八王子IC
〜八王子バイパス〜橋本〜淵野辺−中山…庵庵

−:電車、〜:車、…:歩き
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迎凍

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2002年は、如何なる年であったか。後半期の格闘技界と言えば、ボブ・サップが紙面、画面を席巻していたことは否めない。そして、年末の猪木祭りである。昨年安田のような番狂わせは起きないものか。引退選手の大逆襲は。或いは、復讐への努力は実るのか。様々な期待が膨らみながら、テレビのチャンネルを捻り、或いはさいたまスーパーアリーナの観客席に見を浮き立たせていた格闘技ファンも少なくはないだろう。打倒紅白、闘魂の道標、今宵も叫ぼう、ボンバイエ。安田は、佐竹は。そして藤田は。そして、高山は。彼等の勝利に期待を賭けた者も少なくはないであろう。
然し。
現実は非情であった。
現実は、想像を絶する程過酷であった。
然し、現実は、想像より当然現実的なのかも知れぬ。
安田には第2ラウンドでセコンドのタオル投入で、一年前の殿務めより遥かに早い時間帯に運命が尽きた。佐竹に至っては試合開始50秒でいい所ナシ。藤田の復讐への努力は、更に其れを上回るミルコの攻撃による最大の防御の前に朽ち果てた。高山は、前半期のMVPを背負っての猛攻も、肉厚の前に圧殺されてしまった。サップで除夜の鐘を鳴らしたいと言ったのは誰だ。得意の蹴りを殆ど出さず、殴り合いに付き合って、果たして除夜の鐘は鳴ったのであろうか。。。
日本のプロレスファンは、判官贔屓の伝統を漏らさず継承している。彼等の2002年最後の夢は斯くして砕け散ったのである。2002年の猪木祭りはメッセージを残して幕を閉じた。他力本願では、いけないと。否、猪木祭りより前から叫ばれていた文句がある。
びっしびし、行くぞ。
星野総裁は、何処ゾの首相のように口癖がワンパターン化し、其の意図している物が全く読めないのだ。不人気な魔界倶楽部ではあるが、一度走り出せば、流行語大賞受賞は難くないであろう。どう、びっしびしするのか。そもそもびっしびしとは具体的に如何なる行動を示唆しているのか。不明極まりないが、深い事を考えてもいけない。
今日の東京ドームの結果を知らぬまま、何時ものメンバーと集い、町田南口から発った。昨年暮れからの風邪も衰えを知らぬまま、新年会召集に二つ返事で参加を受諾していた。風邪より酒である。治癒にはアルコール消毒が必要である。悶々と在宅療養することは、残念ながらアントニオには相応しくない。何時(なんどき)、誰の挑戦でも受ける宿命にあった。試合をしながら怪我を治すのだ。山を歩きながら腸子を整えるのだ。然しタイ料理は辛い。親の敵ほど辛いのだ。あまりの辛さに既にモヤモヤとしていた格闘精神は雲散霧消していた。強いて言えば、もう少し、素材の良さを引き出せないものであろうか。。。其れは即ち非タイ料理なのかも知れないが。。。
何時も変わらぬ交通量のR16に、呆念を越えて強かさ、神奈川県民や町田市民などの物流人流を支える動脈としての弛まぬ誇りをも感じてしまう。並行する高速道を持たぬR16利用者の、我慢強さ。此処から車が消えるのは、大恐慌や核被爆などの惨事に見舞われる場合程度であろうか。
中央道に至っては、年始休日最終日に今更雪山を目指そうと言う者も少ないようで、その気になれば歩いて横断出来そうな程の交通量であった。そして、今宵も派手さはないが、冷静美を誇る甲府盆地の夜景が佇んでいた。
無事に甲府南ICを降り、沿道に避け固められた雪塊に一抹の不安を覚えた。日中に甲府盆地に至っていれば、其の雪化粧に更に驚異を増幅させていたに相違ない。県道409号線沿いには地元民には失礼ながら、奥地に進んでも集落が存在することに驚きを隠せず、新年早々土曜深夜の対向車の存在に肝さえ冷やしてしまった。外気も零下寸前、路面凍結も甚だしい。県道の終端、四尾連の駐車スペースにも5cm程の積雪である。取り急ぎ、常温状態の缶入り麦茶を天然冷蔵庫に並べた。空を仰げば、所狭しと天空を埋める星々に、既に氷点下で湿りの消えたような心境を、更に研ぎ澄ますのを禁じ得ない。夏の畑薙第一ダム駐車場上空より密度も濃かろうが、見惚れ続けるには寒気が容赦しなかった。星は幾年にも渡る喧騒の呪縛から解き放たれたように真っ黒なキャンバスの上、金色の箒を縦横無尽に描いていた。駐車場には我々の車しか存在しない。夜明けまでには他車が訪れるのであろうか。駐車場内天然冷蔵庫を踏み潰されはしないか、不安も過ぎるが、余りの寒さに代替案を講じるのも面倒で、さっさと車内にて寝袋に包まった。
夜は明け切ってない。否、未だ明ける素振りさえ見えぬ。そんな上空に、未だ燦々と輝く光の群れ。心を鬼にして寒さを打ち遣り、朝の5時台にして無理矢理コンビニ飯を胃に詰め込んでいた。其の光の群れは、果たして日中の好天を約束してくれるのか、寒さは不安を助長して止まない。
暗闇の雪道を歩き出す。風邪に苛まれ、体力的な不安がペースを狂わせていた。雪は消える筈はない。そんなことはどうでも良い。道さえ間違えねば。然し、今日のボブは何て速いのだ。ペースを緩める素振りを見せず先頭を行く、ボブ。庵的には今日ばかりは道を間違える余裕は無かった。頼んだぞ、ボブ。
日も顔を見せ掛け、濃紺の大スクリーンは徐々に色を失いつつあった。我がヘッドランプは電池も消耗し、空の明るみとともに寿命に達した。日の上昇と共に、全身が呪縛から解放されたかの様な身軽さを覚えた。暗闇はアントニオに覇気を付与しなかった。日の光が必要であった。雪の白さに暖か味さえ覚えかねなかった。
雪道を進むと、数mに渡り、雪面が激しく抉れているのを確認。熊か。その荒れ具合は格闘の現場を物語っていた。シャイニング・ウィザードが交わされてしまったのだろうか。対する熊は、ヴェ
イダー・ハンマーでの応戦したことだろう。気を付けねばならない。然し、血痕が一切見当たらないのが不気味でもある。ただ単純な、熊による三回転半捻り着地失敗の自作自演の可能性もある。戦況の行方が気になるばかりだ。
駐車場から約1時間半、拓けた山頂に立つ。プチ外輪山に囲まれた火口湖のような四尾連湖。白銀の甲府盆地。茅ヶ岳、甲武信ヶ岳、毛無山、長者ヶ岳、釈迦ヶ岳など、其れに櫛形山の向こうは南アルプスの前衛か鳳凰三山辺りだろうか、容姿端麗な山々が居並ぶ。そして、おばさん富士。鬘の様な雲が山頂を覆うも、天候は概ね良好であった。然し、放射冷却は容赦なく、日が昇るに連れて気温は下がる一方に感じた。昨年末3連休に仙台市内繁華街でウィルスを拾ってしまったのか、庵称「金華山コバルト風邪」が未だ完治せず、冷え込みは拷問に等しい。温度計に拠れば、氷点下10℃である。2年前の北の大地では、氷点下15℃でも斯くも厳寒を覚えなかったところだが、やはり弱り目に祟り目であろうか。凍死の二文字が散らつく。動かねば。指先が凍りそうだ。あまりの寒さに、山梨百名山標柱を相手に、エクスプロイダーの打ち込みを40本程もやらねばならなかった。突っ張り鉄砲だけでは手元しか暖まらないのである。果たして熊相手にシャイニング・ウィザードが効かない場合、エクスプロイダーの体制に持ち込めるのか、懸案ではあるが、其の前に凍死だけは避けねばならない。深田久弥が標高1,703.5mの茅ヶ岳山頂からの下山時に脳溢血で他界したことに比べると、1,279mの蛾ヶ岳でしかも凍死とは余りにも恥ずかしい。凍死には装備や体力についての準備不足の臭いが否めないからだ。兎に角寒く、食欲が涌かないのだ。チャーリー持参の耐寒仕様のガスは辛うじて細々と燃えてはいたが、沸点到達までどれだけの時間を費やしたのであろうか。寒い。然し富士は美しい。でも寒い。エクスプロイダーっ!麦茶指数も上がる気配は、ない。缶入り麦茶は昨晩の天然冷蔵庫で恐らく半ば凍っているだろう・・・。この蛾は、富士山が観たいと思って自推した山であった。富士見への代償は斯くも厳しいものか。高々1300m、されど1300m。蛾ヶ岳にも五分の魂どころか大逆襲を食らうとは。新春に、噛み応えのある山で何よりである。
下りは軽快であった。一歩下る度に体感温度が上昇するような錯覚に陥りながら、落葉松林の隙間に、大菩薩や奥秩父連山を拝観した。帰路は四尾連峠側から四尾連湖を俯瞰しようと遠回りを仕掛けると、是ほどの雪道に、軽トラックの侵入を確認した。車体に積雪がないことから、極近い過去に運転されたものの様だ。林道には轍がくっきりと浮かび上がっている。下から今度は猟師が猟犬と共にやって来た。トラックは収穫物を運ぶためだろうか。
急坂を降り、四尾連峠に到達すると、いざ登らんとする2台目の軽トラックに遭遇した。前輪にの
みチェーンを巻いているということはこの地に及んで2WD車である。あの坂、登れるとは思えない、、、然し、彼等は常識を嘲笑うかのように坂を登り、我々の前から姿を消した。峠に待機している爺さんに訊けば、猪、鹿に熊も出没するとのことである。猪鍋、食いてぇ〜。先程の雪面の抉れも猪の仕業らしい。爺さんと長話をすれば、そのうち「おみゃーさんら、猪鍋、食ってくか?」とお誘いの声が掛かると満面の笑みを称えながら期待をしていたのだが、残念ながら爺さんは魔法も使えない、ただの爺さんのようだった。彼等の獲った猪は、一体何処へ、どの市場へ流れて行くのか、気掛かりであった。少なくとも県道409号線沿いには猪鍋を食わせて貰えそうな食堂の類は発見出来なかったのだから。
峠から降り、湖畔を進む。湖畔には2軒の山荘?が存在した。水明荘、龍雲荘と聞こえの良い山荘名なのだが、其のバンガロー一つひとつを採って見ると、隙間風が増幅しそうな佇まいであった。でも、晩飯には猪鍋が食卓に並ぶのであろうか。。。
駐車場に戻り、指数も蘇った所で麦茶で乾杯だ。凍結から目覚めたビールは、凍らせたジョッキの生に匹敵した。缶を持参して正解だった。
さて、409号線を下り、温泉を探す。一宮御坂IC付近にももの里なる興味深い温泉を地図に発見したのだが、信号を1つばかり見誤ったらしく、終ぞや本物を発見することはなかった。仕方なく、
少々離れてはいるが、笛吹川温泉へ向かう。勝沼バイパスを横切り、帯那山行脚時も通った山梨市駅前を掠め、R140に合流。目と鼻の先だ。時刻も早目で好いており、おまけに貸しタオル付きで700-とはリーズナブルである。極め付けは露天の奥の洞窟風呂。雪見露天も乙ではあるが、洞窟は冷え難い。心憎い演出である。
風呂上りは食堂へ一目散であった。地生麦茶である。素晴らしい。凍死を乗り越えた暁には狐色に輝く命の水だ。思わずメニューにほうとうも発見してしまい、五目釜飯との決選投票が繰り広げられた末、ソルトレークのフィギュアスケートが如く、両方注文することで妥協に達した。食卓は甲斐戦国絵巻が延々と続いた。風呂の料金が2時間であり、其れを越えると追徴違約金が発生することが発覚してからは、各国酒濃は胃袋を火の車にし、対応に追われていた。此処のほうとうには豚肉が混ざっていた。別に竹馬の親父に虐げられている訳ではないが、竹馬の其れには動物性蛋白源が皆無であった。まるで、大豆しか蛋白源として摂取して来なかった山村人が、生まれて始めてステーキを食い失神してしまう程の新鮮さ。竹馬には昨年漸く生ビールサーバが導入されたことを考慮すると、竹馬の構造改革、懐柔政策も進むのではなかろうか。合戦食ほうとうは今日も偉大であった。
温泉を出て、至近のJA直販所に立ち寄る。台所の旅人アントニオ的には思った程安くはない、と言うのが正直な感想である。林檎も十日市場の八百屋で先日箱買いしてしまったし、圧力鍋にはシチューが満載であるから、安易な食糧調達は庵庵食糧飽和を招き、食糧調整中に傷めてしまいかねない。食材機会均等法やアフリカ等の恵まれない人々に対して、其れは申し訳なさ過ぎる。皆、家庭に土産をと買い物篭を満載状態にしていたが、アントニオはワインを試飲するに留めるしかなかった。確かにモノは良いかも知れないが、アントニオは既に満腹で、何も購入する意欲は涌かなかった。
後は野と成れ山と成れ、ボブ、チャーリーとドライバーが変わり、淵野辺でお開きとなった。R16
は何時ものような渋滞だし、妥当な終着駅である。相変わらず本数の少ない横浜線に揺られ、新年早々内容の濃い山行は終わりを告げた。
(完)
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付録:
山旅アドバイス
・耐寒仕様のガスも調子は今一つ。
冬場のアウトドア・クッキングには要注意。
・激寒。防寒具、アイゼンの用意を。
・笛吹川温泉の洞窟風呂は、男湯のみ。