青く、そして青く。

不定期連載 山道をゆく 第110話
02/10/24 木曽駒ヶ岳
中岳(庵選千名山189)、
木曽駒ヶ岳(日本百名山、信州百名山、庵選千名山190)、
宝剣岳(庵選千名山191)
10/23(水)
庵庵…中山駅〜町田−R16−八王子IC−

10/24(木)
−小黒川PA−駒ヶ根IC−菅の台駐車場=しらび平・千畳敷
…宝剣山荘…中岳…木曽駒ケ岳…馬の背…濃ヶ池…宝剣山荘
…宝剣岳…宝剣山荘…千畳敷・しらび平=菅の台駐車場
−こまくさの湯−駒ヶ根IC−八王子IC−矢部駅〜鴨居
…エッセン…ホワイト急便…セヴンイレヴン…庵庵


〜:電車、…:歩き・走り、−:車、=:バス、・:ロープウェイ
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トータル・ソリューション

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アントニオが山に嵌めた知人からの、代休が溜まっているので平日にどうかとの突っ込みが激しい昨今であった。氏と庵の野望の交点を見出さんとすれば、草津白根、乗鞍、或いは木曽駒ケ岳の案が浮上した。前日は天気予報に一喜一憂しながら予報内で晴れる時間帯が最も長い木曽駒に白羽の矢を立てる。3案のうち木曽駒だけが、公共交通機関のみを頼っての日帰り或いは夜行日帰りのプランニングが厳しいため、氏に車を出して貰えるのは願ったり叶ったりであった。水曜日は書店を手分けして物色しながら地図を探し、23時過ぎには町田駅前を発った。
八王子ICに入ると目の前をゴソゴソっと黒い影が蠢いた。狸である。安眠を妨害された気概かも知れぬ。
平日夜の中央道は、東名の半分程度かも知れないが、物流業界を支えるトラックの群れが犇いていた。渋滞は全く発生せず、飛ばし屋が数台目立った程度で順調な滑り出しであった。
岡谷から先の中央道を通過するのはとても新鮮であった。名古屋方面に進むのは今宵が始めてなのである。ピットインしようと辰野PAに寄るも、駐車スペースはトラックで埋まっている。辛うじてスペースの広い次の小黒川PAに止めることが出来たが、降り頻る雨には若干の不安は否めなかった。一応予報通りではあったのだが。
駒ヶ根ICを降りて程無く、菅の台駐車場に到着。これから先、しらび平へは自家用車の通行が禁止されているため、バスに乗り換えねばならぬ。上高地と同じシステムだ。ただ平日なので、其れ程混むことはなかろうと高を括っていた。駒ヶ根高原の夜は目が直覚めてしまう程、其の寒さは尋常ではなかった。今宵も寝袋を持参して正解である。
夜が明けた。雨は上がっていた。台本では後1時間程度降り続いている筈なのだが、止んでしまったものは仕方が無い。然し、同行者も、一つ手前のバス停に仰山お婆ちゃん軍団が犇き、中々バスに乗れない夢を見たと言う。正夢なのだろうか・・・
駐車スパンは十数台程度しか埋まっていなかったが、7時過ぎには案の定、待ち切れないオバちゃん等がバス停に並び始めた。ヤバい。急げ。
バスは定刻に到着し、空席を残して駐車場を発った。更に上流にも別の駐車場が存在して乗客は増えたが、バスの座席が全て埋まることはなかった。平日に暇を持て余していた若者は、矢張り我々以外には見当たらなかった。やがて自家用車通行禁止区域に入れば、バスが1台やっとの思いで通過出来る道の細さにも拘らず、手馴れた運ちゃんは軽快に飛ばして行った。
35分程林間を揺られ、しらび平に到着。土産物屋も未だ眠りの中、バスの下車客は当然皆ロープウェイ乗り場に直行した。定員は幸い61名のようで、バス客は全員1台のゴンドラに収まった。上空には未だガスが掛かっている。雨上がりだ、致し方有るまいい。ゴンドラには若くて綺麗なガイドが同乗していたが、心の篭っていない台本通り一辺倒のアナウンスには触手が沸かず、斜面の紅葉も今一つにしか映らない。天気は回復に向かっているのだが、、、然し、車窓にちらつく白いものが我々を漸近的に不安へと駆り立てて行った。
やがて千畳敷に到着。数十人は居た乗客が一体何処へ散らばったのか今一つ不明だが、宝剣山荘を目指す者は、現在見渡す限り、我々以外に若干1名しか見当たらなかった。そう、観光客には恐るるに足りて余り有る程の積雪である。昨晩の雨が標高2,600m超の千畳敷では雪に変わることは容易である。物凄く、寒い。軽装で上を目指すなとの脅しアナウンスが響くが構うことはない。この積雪は予想外だったが、庵の前には鼻○ソ程度でしかない。宝剣山荘方面へは一番乗りである。いきなり標高が2,600mであるから、ある程度身体を気圧に慣らす必要があったかと思う。其れを怠って若干の後悔を催し掛けたが、ゆっくり登れば怖くはなかろう。山頂までの標高差も400m以内であるから、高山病の手前でゴールに到達してしまうのではなかろうか。
歩き始めて30分程度で、宝剣山荘に到着。塗炭張りの山荘に、体感摂氏3℃か5℃程度の今日ばかりは麦茶を求める気にはならなかった。だが見上げてみろ、何時の間にかガスが退いているではないか!勝った!台本通りだ!積雪があろうが、快晴とも成れば後はこっちのものだ!新横オフィスに置いて来た職場仲間には非常に申し訳ない程、抜けるような青空である。其れは、平日に有休を取得し、犯罪を犯しているようなワクワク感を助長した。平日の閑散は堪らない。人はゼロではないが、片手で数える程しか居ない。
中岳も難なく過ぎ、何時の間にか木曽駒ヶ岳の山頂であった。御嶽、乗鞍、空木、南駒の山々が頗る大きい。遠く東方には美ヶ原の山並みも見渡せる。乗鞍の北西は、白山あたりではなかろうか。昨晩の雨はウソのようにすっかり晴れ渡っている。新横浜オフィスもこの雲海の下かと思うと、計画的犯罪が寸分の狂いも無く進行している気分である。積雪が観光客を寄せ付けず、山頂は限られた者のみの楽園であった。楽園へは勇気とほんの少し装備が誘うことだろう。今日も不純物質の見当たらないビチアス海淵よりも更に深い青空。千畳敷から70分程の気楽な道程ではあるが、冬の風は吹き荒んでいた。其の風は上空からあらゆる異物を取り払ってくれたように思う。翼が欲しい。満天の星空は話題にもなり易いだろう。絶好の夜景を誇る場所は都心にも数多存在するが、絶好の昼景なる単語を付与するならば、紛う事無く木曽駒ヶ岳をノミネートしたい。
余裕有り余る一行は、濃ヶ池にも思いを馳せようと、針路を北東に変更し、馬ノ背を闊歩することにした。稜線漫歩の語感に相応しい爽快な尾根道である。偶に、雪に足元を掬われるのは致し方有るまい。雲海からは、蓼科に赤岳を始めとする八ヶ岳や、仙丈、甲斐駒、北、間ノ岳などの南アルプスも浮上して来た。皆、太陽エネルギーを欲していた。今日始めての馬ノ背通過者となれば、この視界も独占だ。山頂付近は既に冬化粧だが、伊勢滝方面の山肌は紅に燃えている。足取りは限りなく軽い。雪には滑らされもすれば、膝へのクッションとしても十分活きてくれた。雪よ、有難う。
馬ノ背分岐からは宝剣山荘方面への谷肌ルートに向かう。葉のすっかり削げ落ちた木々の間を縫えば、濃ヶ池は指呼の間であった。晩夏の一時は干上がってしまったかの遠景であったが、融け立ての雪に息を吹き返した模様である。暫くの道は小川と化していた。斯くも透明な水を湛える麓には、きっと美味しい酒が待っているに相違ないと確信する。そして見逃しがちなのが、桜である。5月頃には雪を掻き分けてでも再訪する意義があろう。
更に進めば中岳近くから伏流する沢の音が木霊する水場に到着。録音してお茶の間にお届け出来ないのが残念である。石の隙間を滾滾と流れ落ちて行く水音。凛として、心身が濾過されて行く・・・時間が許すならば何時までも聴き続けていたい水音に、暫し現を抜かすしかなかった。
山荘が近付くに連れ、また積雪も増え、傾斜は増した。雪面に波打つように広がる風紋。白銀の世界に、漣が揺れていた。
夢見心地、夢聴心地に溺れながら宝剣山荘を越え、未だ未だ余裕のある我々は、更に宝剣岳を目指す。20分のアプローチとは言え、此処にも地図上には○危マークが付与されている。そして、◎危マークと呼んで過言ではない着雪ぶりである。鎖場も長い。鎖に手袋が凍り付く程、日当たりが悪ければ気温も低いままだ。晴れて居なければアントニオでも断念していたことであろう。
今日の風景の中で、宝剣岳山頂からの空木や南駒が最も美しいように見える。深田久弥は、南駒が空木に近過ぎたため止む無く二百名山に格付けしたのだが、其の容姿を此処から見れば頷ける。ほんのり雪化粧した彼女達には、此処からとくと見惚れるべきだ。東側谷底には千畳敷カールが広がっている。宝剣は、木曽駒山系中のピリリと辛いスパイスである。
山荘に戻れば登山者の数もぐっと増えていた。千畳敷からの道の雪はすっかり融けてしまい、多少履物が弱くても此処までなら誰でも登って来れそうである。だが、ものの10分程でへたってしまう面々ばかりである。斯くして観光地へと舞い戻った。
千畳敷駅の周辺にはかなりの人だかり、ロープウェイも平日にして臨時便が運転される賑わいである。腹も減ったがロープウェイとバスだけはさっさとクリアをしておく必要があった。特に休憩も挟まず其のまま乗り場に急行すれば、タイミング良く臨時便が発車した。復路は真正面に南アルプスがデーンと構えており、素晴らしい構図であった。復路のガイドもまた淡々とアナウンスを繰り返すのみで味気なく、また色気も感じなかった。其れより、段々と見上げなければならない南アルプスが気を盗られていた。
しらび平のバス乗り場にはもうかなりの行列と思いきや団体客であり、一般客のバス乗り場は未だ未だ行列は短かった。あの狭い道路のことだ、1本逃せば何分待たされるのか、未だ未だ油断は出来ぬと行列へ並べば、数分待った程度で此方も臨時便が出ると言う。行列に並んでいる客を全て飲み込んでは直に発車し、観光会社の手際の良さには拍手を送りたい気分であった。帰路のしらび平にはバスが6台程停車していたが、全ては往路に乗車した伊那バスか、中央アルプス観光の其れであった。どのような団体も菅の台近辺で降ろされ、この2社の運行するバスに乗換えを余儀なくされるようである。2社故に連係もばっちりで、狭いながらも無線交信でやり取りをしつつ数箇所点在する交換場所にて其れ程待たずに巧みに擦れ違って行く。この方式を上高地も見習う必要がある。バス便がかなり増発されているようでもあるが、この連係には目を見張るものがある。出直せ上高地、てめぇのケツは蒼過ぎるぜ。
将に黄金連係で瞬く間に駐車場に戻り、更にほんの数百m程登ってこまくさの湯にて汗を流す。若干500円の出費で、何ヶ月振りかのサウナに蒸され、ジャグジーやハーブ湯に身を委ね、極め付けは露天から中アと南アの両方が眺められる豪華な仕掛けに満足感のみが残った。平日午後2時過ぎのガラ空きの早太郎温泉は、未だ犯罪を続けているような快感に咽ぶしかなかった。
風呂上りと言えば、南信州地ビールのゴールデンエールが待ち構えていた。更に駒ヶ根名物のソースカツ丼である。カツ丼戦国時代に二子玉川のとある食堂で食ったソースカツ丼は、所謂ごく普通のトンカツソースを使っていたのに対し、此処のは何か仕掛けがあった。ソースカツ丼と言えばトンカツソースとの常識は瞬く間に霧消した。こちらのソースは253倍美味しいのだ。ゴールデンエールは迸る。カツは柔らかい。風呂を出て食堂に至ればこのような歓待である。パフォーマンスの優れた、こまくさの湯であった。
帰路も寸分で駒ヶ根ICに到達し、其の後幾度か記憶を失ったが、意識の続いていた時間帯を総合すれば全く渋滞の無い中央道であった。先々週の夜中走行を除けば、渋滞の無い中央道なぞ記憶に無い。R16は何時ものR16だったので其の渋滞は容赦しなければなるまい。だが、余りにも交通量が多くなってしまったので、そそくさと矢部駅で降ろして貰い、横浜線の人となった。19時前には帰庵していたように思う。平日は256文の得であった。
(完)
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付録:
山旅アドバイス
・この季節は積雪多し。アイゼンがあると重宝する。
・宝剣岳へは、若干の勇気が必要。積雪があるとかなり危険。
然し、危険箇所通過の練習台には最適。
・駒ヶ根ICから菅の台駐車場までにコンビニはなし。
・ロープウェイの台数の問題、菅の台〜しらび平の道の細さの問題
によって、シーズンには恐ろしい事態の発生が容易に想像が付く。
平日やオフシーズンがやはりお勧め。