2 cases

不定期連載 山道をゆく 第166話
04/10/09〜 西穂高岳(庵選千名山315)
【2 cases】

10/09(土)
庵庵…鴨居〜橋本−八王子バイパス−八王子IC−

10/10(日)
−釈迦堂PA−松本IC−沢渡大橋=帝国ホテル…西穂高岳登山口…西穂山荘
…ケルン地帯…西穂山荘テント場

10/11(月)
西穂山荘テント場…独標…西穂高岳…独標…西穂山荘…登山口
…ウェストン碑…河童橋…上高地ターミナル=沢渡大橋−坂巻温泉
−だいなも−松本IC−談合坂SA−八王子IC−八王子駅〜中山…庵庵

〜:電車、−:車、=:バス、…:歩き・走り

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テカれるのか。
台風22号の来襲に、戦々恐々としていた関東地方の住民の中、紀行文を書きながら台風一過を待ち侘びていた。
初っ端の予定は聖岳と光岳と、全員庵速ならば何とか凌げるコース取りであった。其れは難しいと異議を唱え、光岳のみの最終決着に落ち着く。更に台風来襲で2泊3日の夢は潰え、1泊案を出し寄っては議論を重ね、西穂と餓鬼岳の決選投票となった。
台風一過で思うように交通手段も回復し切っておらず、やや遅れて橋本駅に全員集合する。移動を始めてから議論を重ね、餓鬼の麓の徒渉点が台風一過直後の最大の懸念事項となり、結局西穂に帆を掲げることになった。或る意味自殺点だったのかも知れぬ。連休の混雑は目に見えている。ロープウェイを待つよりは上高地側から登るべきだろう。それでも天場まではたったの3時間半である。天場から山頂往復はコースタイムで5時間。余裕で日曜のうちに山頂達成は可能と思っていた。
3連休を襲った台風に各々の旅行スケジュールを狂わされた煽りか、雨上がりで勢い勇んでハンドルを切り損ねた者が事故を起こし、中央道は深夜の暗闇の中、ライトの列だけは伸びに伸びていた。台風一過を待ち望んだ旅行者を乗せた数多の車両が流れて行く。其れでもひょっとすると、3連休をフルに使わないと成し得ない計画を練っていた者が旅行自体を諦めてしまったのだろうか、例年の体育の日3連休に比べれば交通量は少なかったのかも知れぬ。松本ICを降りたコンビニでセリヌンティウスと合流し、挙って沢渡を目指す。前回の沢渡石見平からのぎりぎり乗車を鑑みて、駐車場はバスの上流に構えるのが無難と、今回初めて沢渡大橋の村営駐車場に陣取ることになった。小雨すらパラつく丑三つ時にナイトキャップとのことで、2ケースのうちの1部を早開ける面々。何だこの小雨は。納得が行かん。台風一過ではなかったのか。心配を他所に寸分の仮眠を貪った。
予定より起床は遅れてしまったものの、雨は上がっていた。俺の西穂が待っている筈だった。そそくさと支度をしてバス停に赴く。未だ上高地近辺は大雨に伴う交通規制のため、バスは動いていないとのことである。もう雨が上がったのだから早くしてくれ〜、と夫々の表情で訴えるハイカーでごった返すバス停であった。だが待つこと数分、バスプールから数多のバスが北上して行った。むむむ、バス停のハイカーが漸く捌けたと言うのに何をもたついているのだろうか。もう15分は待ったなぁ。人数が多いと行動が口数が増えて其の他の動作が緩慢になってしまうのは仕方ないか。バスは補助席も満席になる程のハイカーを乗せ、梓川に沿って北上する。釜トンネル全線複線化開通は来年からであろうか。複線開通で交通がスムーズになると、またまた大勢が上高地を訪れることになろう。自然と共栄出来る者が増えることを願って止まない。
今回は通常と異なり、終点のひとつ前、帝国ホテル前で下車する。西穂への登山口は此方が近い。あの赤い屋根のホテルは一泊幾ら位なのだろうか、スポンサーが現れたら泊まってやらんでもない等と思いながら歩くと、ドロシーが道端に希少生物を発見した。
サンショウウオである。
ほへ〜、可愛いな〜。彼女が居なければサンショウ太郎君は発見されず、下手すると無残にも交通事故に遭っていたかも知れぬ。何か得をした、そんな気分で登山口を抜けた。
暫くは九十九曲がりの鬱蒼とした森林地帯を縫う。初っ端は皆と粗同期を執って進んでいたが、○門括約筋が緩みつつあり、走るのは危険だが余りにゆっくり過ぎるとブツを野に晒さねばならないとの心配から、先を急がせて貰う。木漏れ日に勇気付けられながら今日の天候を祝いつつ進む。水を得た魚、電線を得た自動販売機、そして光を得たアントニオ。そう、上高地から登山道沿いの所々に電線が張り巡らされていることに気付いている者は何人だろうか。この電線が西穂山荘を年中無休たらせる肝なのである。徐々に光合成で勢いを増す。ビールを1パック分持参してはいるが苦痛はない。確かに汗だくではあるが、昨日休んだ分、ペースも悪くない。林間の向こうは霞沢岳だろうか。快晴には程遠いが徐々に光量は増して行った。やがて焼岳分岐に到着。あと、もう直ぐだ。もう直ぐ、の地点からが意外と長く感じられるものだ。

だが、何とか9時台に西穂山荘前に到着し、肩と大腸の荷を降ろしては皆の到着を待ち侘びていた。仕方なく皆より先に1本頂いてしまう。ゆっくりゆっくりと、霞沢岳の雄姿を堪能しながら啜っていたのだが、1缶空けても未だ隊員の到着する気配はない。山雑誌と週刊アロマテラピーも一冊ずつ読み終えたのだが、未だ来ない、、、どうしたのだ、、、ううむぅ、、、確かにテント設営は皆ですべきだが、あと数分待っても来ないならば書置きでもして上を目指さして貰おうかと思った矢先、漸く隊員達が訪れた。庵着から1時間が経過していた。むむむ、このペースで、テント設営後に全員で今日中に山頂を往復するのは厳しいかも知れぬ。いや、厳しい。。。
一息入れる前にさっさとテントを設営する。で、其の一息が一息では済まされる筈はなかったのである。何故ならば、我々には2ケースが備わっていたからだ。霞沢岳の威容に気付いているのは何人だろうか。山荘前テラスに繰り広げられた酒とお摘みの大騒動に、此処が標高2,385mであることを誰も髣髴とさせないところが末恐ろしかった。この天候、嗚呼、寸分早く山荘を発つべきだった、嗚呼、後悔しながら薄れ行く意識の中で、青空を仰ぐ。真っ青な空の下、中々繰り広げることの難しい宴会であった。何本飲み、何食食ったことだろう。徐々に今日中の山頂到達への望みは薄くなり、記憶の彼方に去って行った。果たして是が正しい選択だったのか。正しいと言うよりは、酔い選択であろう。ロープウェイから徒歩1時間半なのだ。ならばもう少し観光客向けに清楚な山荘でも悪くはないのかとは思った。まぁ良い。下界からちょっと背伸びしたこの空間、もう山登りと言うには山ノ神が五万と怒っても足りないくらい不届きな装備の者多数、もうこうなったら宴会だ。ビールを回せ。朝まで飲もう。アンタが一番。俺も一番なのだ。ただ、記憶が薄れながらも未だ山男を捨て切れず、普段のアントニオより断然不届きと思しきハイカーが次から次へと山頂へ向かって行くのを指を加えて眺めていた。風が流れ、空を分けている。其れ程空が青かったのである。

地上の飲み屋に遜色ない長時間の宴会をお開きにしようとすると、途端に午後一の激しい俄か雨である。むむ、皆を見捨てて山荘を発っていたら、ひょっとすると庵速フルスロットルでもこの滝を浴びねばならなかったかも知れぬ。皆急いでテントの中に避難する。嗚呼、山の天気は難しい。あの青空は何だったのか。だが、俄か雨は俄か雨にしか過ぎなかった。涙の後には虹も出る。雨も上がって晩飯も前にちょっくら散歩でも、との動議が採択され、眠りの中に陥るには大損と思しき後光を浴びながら、独標方向を目指す。雨上がり、鮮やか。霞沢、荘厳。上高地にあの赤い屋根。独標はあそこか。山頂は更にまた奥か。ううむ、今から山頂は、、、遅過ぎるか。うむ、鮮やかだな。うむ。大滝山の方角に虹も出てるよ。焼岳方向を振り返れば、光のカーテンだ。うむ、勿体無い天気だった。。。

またテラスのテーブルを陣取り、夜食に取り掛かる。こいつ等は一体どれ程食わなければ気が済まないのか。そして、何処だと思って飲んだくれているのか。ただ、山荘にて、飲んだくれても今日は下山しなくて済むと思うと、またまた酒が進んでしまうのだ。2ケースは重い。日も暮れて気温も下がり、麦茶の進み具合も滞りを見せ始めていた。星が見えないような気がする。明るいからなのか。明日は晴れるのか。どうなのか。
示し合わせて4時台に起床し、皆で山頂を目指す。丸山の手前では何とか薄墨色の空を眺めることが出来たのだが、独標に近づくに連れ、をぉ、あの羽ばたきは、もしや!下で雷鳥発見の騒ぎであった。あれは正しく飛来であった。雷鳥も飛ばざるを得ない程窮地に追い込まれているのか。其れ程の芸を見せないと客が呼べない、、、ではなく、住処を脅かされていると言うことであろう。そう、独標に近づくに連れ、昨日の天気は嘘のようなガスに侵食されつつあった。光明は差すのか。人は矢張り氷ばかり掴むのか。昨日、何故飲んだのか。人は過ちと酒を繰り返す。回る回るよ、時代と頭は回る。ガスに気も沈めば独標は遠い。だが、意外やテント場から約1時間で到着。光は見えぬ。レンズが曇った頃にまた雷鳥である。今日は休日だからと思って登場したけど、この様はないよな、ってな顔をしてなかったか。寒い。軍手をテントに置き忘れたのは痛い。10月も連休だ。初雪の一つや二つ、おかしくない。昨日の青空の幻影は霧中に行方不明となっている。霧中を進むうちに独標から50分程度で山頂に着いてしまった。うーん、矢張り庵速なら往復3時間は余裕だったな。今回は宴会に来たのだ、山頂からの展望を望んだのではなかったのだ、と自分に言い聞かせながら、残りの隊員の到着を待つ。

寒い。にも拘らず、我々には乾杯が待っていた。昨日のうちに当然ながら1ケースは既に空けていた筈だが、ドラえもんの4次元ポケットのような手提げクーラーボックスの中には、黄金清水のが炭酸のハチ切れるのを缶中にて今か今かと待ち侘びていたのであった。ポケットを叩けば黄金清水が一つ、もう一つ叩けば黄金清水が二つ、、、然し、今回ばかりは迸ると形容するには程遠い喉越しの通過速度である。寒い。温い飲み物が必要だ。コッヘルでお湯を沸かしている最中、ロペスが一緒に温めると良い、と持参した烏賊飯を袋毎コッヘルの蓋の上に載せておいた。そして、図りかねた様に事件は起きた。
コッヘルが倒れ、お湯が流れた。其れだけなら良い。当然ながら、蓋の上に載せた烏賊飯が袋毎数十m程崖下に転落してしまったのである。崖の様子を見遣る面々。恐らく、この1烏賊飯を回復するのに、20烏賊飯程の労力が必要と見込まれた。面々は、仕方なく、烏賊飯は其のまま西穂高岳山頂直下の斜面に奉納することに決めた。ビニル袋に包まれたままなので腐食はしないのが問題かも知れない。ただ、万一、この山頂にて転落事故が発生してあわよくば奉納地点に転がり着いた者が、腐食していない烏賊飯で食い繋ぐことが可能ではある。転落の最中、天から降り注いだ海の恵みに哀れ咽び泣き、つい黄金清水に飢えて脱水症状を誘発してしまう危険も拭えない。山での落し物は確かに不謹慎ではあるが、20烏賊飯で済むどころか、其の身をも山に奉納しなければならない事態は免れ得まいと思うと、ゴメンナサイするしかなかったのである。
丸山付近だろうか、山荘にも近づき漸くガスが切れ目を見せ始める頃、先程の騒ぎになった彼か、雷鳥が登山道沿いで様子を伺っていた。場慣れしているのか、中々登山道を逸れようとはしない。取り敢えず正面側に回ってパチリ。モデルになってくれるのは幸いだが、少々無防備な気がして厳しい自然界を生き抜くには果たして大丈夫なのか、余計な心配をしてしまった。
山荘にも矢張り隊員より早く戻り、また一杯してしまう。今日は待ち時間も少なく全員が集まり、テントを撤収していざ昼飯となった。天場には我々のテント以外、2、3しか残っていない。スケジュール正しき彼等は昨日のうちに登頂を済ませていたのであろう。はたまた山荘までのピストンとは勿体無い、そんな輩も居たのであろうか。時折の小雨に祟られる中、各種ラーメンと昨晩の残りのジンギスカンに餅まで投入して、心身共に温まる昼飯に満足であった。
下山も庵速だろうからとのことでハンディキャップとして皆より多めにゴミ袋を携え、先に山を下る。連休最終日の午後の上高地に、長蛇のバス待ち行列の悪夢が脳裏を過ぎる。3連休共に天候が良ければ恐らく2日目午後が帰り客数のピークを迎えるのであろうが、今回は1日スリップしている筈だ。帰りが遅くなれば渋滞にも巻き込まれ、困るのはドライバーである。今回のツアーの幹事ではないとは言え、車を出してもらっている以上、出来ることはせねばらなぬと思うのがA型の哀しい性であろうか。下り下って早登山口に到着し、梓川沿いの観光客を牛蒡抜き、ウェストン碑も明るさの都合で上手く撮影出来ず、あ、上高地ホテルの温泉も悪くないけど周りは観光客だらけかなとも思いながら、人込みで渡り難い河童橋を縫う。あの、米沢涸沢時程ではないが、今日も予定通り行列が形成されていた。取り急ぎ列の最後尾に並んだのだが、乗車口近辺で整理券が配られているのか皆目見当がつかぬ。1人なのでおちおち列を離れる訳にもいかない。隊員の何人かの携帯電話を鳴らしても挙って電源が入っていない。漸く捕まった幹事に、行列の先頭の様子について探りを入れて貰うように指示を出す。数十分後に帰還した彼等によれば渋滞でバスがあまり動けないとのことである。あ゛ー。其れ見ろ。腹立つなぁ。むむむ、このバス待ちは上高地を目指す者の不可避なイベントなのか。是だけは免れたいと願い続けたが、矢張り上高地には上高地の待ちが必要であった。是が嫌なら西穂行きが有力になった時点で降りているべきだったのかと思う。初日が台風のため、例年よりは空いていたかも知れないが其れでも渋滞はなくならない。観光バス、全然締め出されていないように感じる。慣れないサンデー上高地ドライバーの入場は規制して欲しい。いっそ沢渡辺りから路面電車でも走らせては如何なものか。低公害バスより遥かにクリーンだろう。何なら、松本からリニアの線も悪くはない。田中康夫氏の力量で何とかならないものだろうか。されば松本までは少なくとも全てスーパーあずさにしないといけないだろうが。
前回の悪夢よりは数段スムーズにことは運んだのが幸いである。何とか16時台に車に戻り、予てよりツバをつけて襲撃を目論んでいた坂巻温泉に電話を掛ける。間に合わないと思っていた矢先にゴーサインが出た。月曜日で宿泊客も少ないのか、何とか入れて貰えることになった。沢渡から一旦上高地方面へ戻る。トンネルを幾つか越えると秘湯への入り口が待っていた。
洗い場が露天にはないとのことで、先ずは内湯で汗を流す。内湯で綺麗さっぱりしてから麦茶自販機前を通過して露天へとの段取りだった。自販機にはよなよなエールが何とスーパードライと同じ価格で並んでいた。是が非でもスーパードライと言う面々は100人中何人居るのだろうか。坂巻温泉への観光客なのである。年中、よなよなエールに浸かることは恐らく難しい面々である。飲み過ぎて夢に出てくるくらい飲むことは難しいのではないか。でも、渓谷を眺めながらの麦茶は、ドライでも爽やかな気分である。風呂内ビールは心拍数の上昇や血圧の低下を招き、最悪の場合では命にかかわるらしいが、妙な味を占めてしまったものである。露天の浴槽の底に敷き詰められた玉砂利が血行を促し心地良い。ううむ、今まで何故通過してしまったのであろう。坂巻温泉、灯台下暗し。
腹が減ってもR158沿いにはめぼしい食堂が少ない。仕方なくコンビニに走る車も多い。前回触手が沸かなかったが気になった店があり、其の目の前を通過するや匂いを感じて車を止めた。だいなもの名に、ゴム臭さを感じて前回は目もくれなかったのだが、開けてみれば創作居酒屋で何を食っても旨い。何故だいなもなんて名前なんだろうか。勿体無い。
中央道は連休最終日の帰路渋滞には免れなかった。やはり連休だった。八王子からは疲労の中、惰性で横浜線に揺られるしかなかった。むむ、明日出勤か。少し、年を食ったのか。そして、何を見て来たのだろうか。

(完)

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付録:

山旅アドバイス
・沢渡・上高地間のシャトルバスは7人で団体割引が利いた。
但し、7人とも揃って乗車が原則。
・西穂山荘前テント場のキャパは20張りと少ない。