不定期連載 山道をゆく 第144話
03/11/15 御座山
御座山(日本二百名山、信州百名山、庵選千名山254)
【寒】

11/15(土)
新横浜−環状2号−保土ヶ谷バイパス−R16−八王子バイパス
−八王子IC−双葉SA−須玉IC−R141−栗生…林道終点…不動の滝
…南の鞍部…御座山…南の鞍部…栗生−滝見の湯−R141−韮崎IC
−八王子IC−八王子バイパス−庵庵

−:車、…:歩き・走り

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周囲が深夜でも煌々と照らされているのは、何も某社ビルが同伴旅館群に包囲される街区に建設されているだけが理由ではなかった。他の階は兎も角として、某社ビル3Fの一角は午前5時過ぎが消灯時刻の慣習が続いて数ヶ月が経過していた。アントニオとしては、アルバイト時代の大晦日の川崎大師警備やビル常駐警備を離れて、久々の夜勤詰めに若干の体調不良は訴えていたものの、週末の天候を気にし続けていた。土曜日も朝まで勤務が続けばその日は潰れてしまうだろう。日曜日には何処へでも行けるだろうが、どうも日曜日だけ関東近郊は何処も降水に苛まれる予報であった。こうなったら、とアントニオは無謀を計画していた。土曜日朝に会社から山へ直行しよう。目的が山となったら、驚異的な体力を何時も発揮していた。体腸さえ万全ならば風邪の1つや2つ、気にすることはない。病は山で治せ。
今日も午前6時前に仕事を終えたアントニオが、義務を果たすがため某社駐車場からスクランブル発進して行った。環状2号線から保土ヶ谷バイパスと疾走し、R16だろうが八王子バイパスだろうがもうぶっち切りであった。八王子ICではETCの恩恵に預り、料金所に戯れる数十台を抜かして爽快を覚えたにも飽き足らず、ちんたらと走るサンデードライバーの車を牛蒡抜きして行った。嗚呼、未明や夜と違って車が多い。運転し難いぞ。睡眠不足で相当テンションを高めているアントニオの休部号は危険であったかも知れぬ。双葉SAではトイレ休憩をして買い置きのパンを食っただけで発進し、須玉ICでも数台抜いてはR141の人となった。
野辺山や清里などどうでも良い。私は静かな山を遣りに来たのだ。山ならばもう少し早目に家を出てサンデードライバーの車に巻かれないようにしていたものだが、今日は仕方あるまい。高原とは言えちゃらちゃらした店も並び、落ち着くことはない。だが、意外と天候は回復の兆しを見せ、八ヶ岳の美しさに自ずと顔も緩んでしまう。野辺山付近を過ぎると、やがて国道も九十九折を伝って標高を下げて行った。JRの最高地点が野辺山なら、国道も隣の駅方面へは矢張り挙って標高を下げるものか、と感心した。交通量の多いR141を、南牧村役場手前で振り切り、大芝峠を疾走した。想像以上に天候は上向いている。果たして午後には降るのだろうか。降る前に下山することは可能だろうが。栗生地区に入り、一旦は御座山入り口の看板を横目に林道を登ってみたが、どうも様子がおかしい。先で合流するかと期待していたのだが一向に本道が見当たらない。大人しく先程の看板まで引き返し、道脇に駐車させて貰った。
夜勤明けだろうが、ノンストップでやらねばならなかった。何時ものように準備運動もせず、すぐさま山を目指した。御座なんて、倒れるには相応しい山名ではないか。深田久弥の亡くなった茅ヶ岳は同じ日本二百名山の一座ではあるが、標高では此方の方が500mも高いのだ。南相木村は透き通った静寂に包まれていた。意外な好天にほくそ笑まずにはいられまい。放射冷却も厳しい。林道には鹿の糞が目新しい。可也肥えている。栄養満点だ。南相木村の鹿達はさぞかし餌に恵まれていることだろう。土鍋にテンコ盛りの鹿鍋の映像が前頭葉を過ぎった。
林道を数十分進むと、後ろから3台程車に追い越された。なんだ、駐車スペースが先にあるのか。いいのだ。今日のコースはとりわけ短い。私には彼等に対してハンディキャップが必要だろう。頂上に先に着くのはどちらか、目に物を見せてやる。
林道を数十分進むと、後ろから3台程車に追い越された。なんだ、駐車スペースが先にあるのか。いいのだ。今日のコースはとりわけ短い。私には彼等に対してハンディキャップが必要だろう。頂上に先に着くのはどちらか、目に物を見せてやる。
駐車スペースの先の沿道には赤い蕾のような然し花弁にも見えなくもないものを持つ木が数株点在していた。冬だと言うのに、何だろう?アントニオは木漏れ日の優しい冬枯れの石楠花や針葉樹林を縫って行った。それも可也の俊足だったように思う。アテネへ向かって走って行った。長野県アテネ村を疾走していた。落ち葉の堆積が膝を包む。ぶち切れてブレーキの壊れたファミリアが如く、怒り翔っていた。今日も瑞牆や皇海と同様、コースタイム約半分で登れるのではなかろうか、其の何れよりもペースを上げていると感ずる自分が居た。シナプスがぶっち切れて不動の滝は子供騙しにしか感ずることが出来ぬまま通過してしまった。ただ、山頂と思しき岩壁を発見した暁にはほくそ笑まずにはいられなかった。然し、岩壁は母ではなかった。岩壁を登れば、数十メートル先にまた岩壁が聳えていた。此処は南峰か。がっ栗。南峰付近から、足元に白いものがちらついて来た。そうだよね、もう冬だよね。此処は長野県だよね。幾重の山を越えて底面がすっかりスリック化してしまったゴアテックスブーツで覚束ない足取りを刻めば、避難小屋までは意外と時間を要しなかった。立て替えたばかりの綺麗な避難小屋だ。此処で泊まる必要がある程無理な山行は考えられないとは思うが、小屋の脇を回れば山頂も直ぐだ。
金峰、両神、浅間、谷川、蓼科、八、、、
山頂は豪風に明け暮れていた。360°の大パノラマを喩えれば百万ドルの満面の笑みであろうが、この強風による寒さが其れを微笑と化していた。体感温度は摂氏2.5℃を軽く下回っていよう。北アや富士は雲隠れ。強風が痛い。森を潰す風だ。研ぎ澄まされた視界。剃刀が四方から体を切り刻むような冷たさで山頂は満たされていた。神のおわします山よ。今日のアントニオは呼ばれざる客なのか。幾人をも追い抜いたとは言え、山頂に人が居ないのは寒さ故だろう。360°の大展望を貪るには寸分の暖気が必要だった。
帰路、足は時折攣った。カリウムが欠乏していた。針葉樹の林に風を遮って貰えば、柔らかな日溜りに一人エネルギーを発散させながら、足取りを軽快にしていた。
往路は何も気には留めてはいなかった紅の花弁に是がかの寒桜かと閃いたのだが、後日の調査に拠れば違うらしい。いいさ、僕にとっては是は紅の花弁が周囲の枯れ果てた木々の間に際立つ寒桜なのだ。冬だというのに、健気な花ではないか。
車に戻っては温泉への支度を急ぐ。湯上り後は少しでも仮眠を貪ろうか。車を15分程走らせ立岩ダム湖を過ぎると、滝見の湯は存在した。滝見だろうが構わない。風呂であれば何が見えたって良い。そう言えば、先々週の紀行に書き損ねたものがあった。龍宮の湯にはケロリン洗面器が存在したのだった。忘れてはいけない、日本の湯の証、ケロリン洗面器である。滝見の湯はなんと350円ぽっきりで可也新し目の佇まい、近代的な温泉に土曜日の昼下がりは未だ閑古鳥も鳴いていた。さすがにケロリン洗面器は見当たらなかったが、お買い得感は大きい。湯上りの休憩所で胃を満たさんと欲すれば相木蕎麦は850円したが、相応の代物であったことは否めない。其れだけで銭が取れると言う物だ。コシ、色、本物だ。南相木村に登場した甲斐があった。蕎麦湯も誤魔化しなく蕎麦粉を十分含んでいた。土産売り場を物色すると野沢菜が3種類の風味を添えて並んでいる。包装こそ市販品の様相ではあったが、原産地が隣の北相木村で賞味期限も短く、添加物も少ないのであろう。やがて来るべき野沢菜の季節の序曲としては大器であった。
R141をノンビリと飛ばし、高速代を浮かさんと須玉ICをパスしたのだが、交通量の多さに辟易して韮崎ICで辛抱の芽は萎んだ。おや、渋滞情報掲示がない。本当か。千載一遇のチャンスと見るや、SAでの休憩をも忘れて中央道を疾走するも、休部号はガス欠寸前の危機に見舞われていた。多分八王子までは持つだろう。ガス欠警告ランプが点灯した頃は、未だ相模湖IC付近であった。ハラハラしながら終に渋滞を知らぬまま八王子ICを駆け抜け、出口の先を曲がって直ぐのガソリンスタンドの世話になった。R16は何時ものR16であった。特にR246との交差点手前の渋滞に睡魔がぶり返し、撃沈寸前であった。ガムを何個噛み砕いたことだろう。嗚呼、寝たい。何とか無事に帰庵出来たのが幸いである。

(完)

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付録:

山旅アドバイス
・栗生側から登ると、南峰にがっ栗。
・山頂付近には若干積雪あり。