| 【銀山に死す】 | |
| 燃料警告ランプが点灯してから約30km、エアコンoff、カーステoff、トンネル内では無謀にもライトを消しながらガスの節約に勤しんだ針屋が、ついにガソリンスタンドの手前約2kmの地点で止まった----- | |
| 当初13人という大ファミリーの予定が、2名のキャンセルに私が社内外に欠員補充をした努力遂に実らぬまま、出発時刻を迎えていた。否、もう過ぎていた。出発予定時刻を30分過ぎても未だ端末の前にいた私は、2台に連絡をしてみた。蘭来は成瀬を出たばかりだった。野亜に乗っているはずのA嬢に電話を掛けてみた。「今、何処?」と聞いた途端、激しい後悔の念に駆られ、虫唾が時速約30kmで疾走した。「うんとねーぇー、道路の上」彼女のあまりの空間認識の正しさに、涙落とし侍りぬ。実際には野亜は海の上を走っていた。針屋のエンジンが3000rpmを越えた頃には、時計の針はまもなく21時に達していた。 | |
| エンジンブルブル絶好調(死語)、針屋はドライバー「歩く本能」とナビ「超電算意思決定機構ただし、高燃費」の絶妙なコンビネーションにより、北を目指して快走してゆく。渋滞を縫いながらも当初の予定より30分早く蓮田SAに到着。ここで3台目出度く集結。11人も寄れば、知り合いの知り合いのように初対面の組み合わせも多かったものの、もうみな兄弟。(私と兄弟扱いされて不満のある方、ゴメンナサイ)これからの道程を考えると早く到着するに越したことはないので、予定の23時より早く蓮田を発った。 3車線ながらも、先先月、先月と走った中央道よりもかなり多目の交通量だった。確かに、北へ行くには避けられない道なのかもしれぬ。宇都宮を過ぎて2車線に減り、集落らしい集落があるのかわからないまま、西那須塩原ICで東北道と別れ。尾瀬までにコンビニすらないのでは、と心配になりそうなほどの静かな町のようである。兎に角コンビニらしい店を見つけたらすぐに寄る、と思いつつ、最初に見つけたコンビニ風個人酒店に車を寄せた。すかさず、リゾートマニア?なB嬢が、「まだ先に"ちゃんとした"コンビニがある」というので、麦製発泡飲料への未練覚めやらぬまま、北へ向かっていった。あったあった。ampm、ファミリーマートにセブンイレブンもある。残念ながらいずれの店にも琥珀色の液体を発見することができなかった。しかしながら、前日は深夜1時、すなわち今朝の1時まで仕事をしていてすっかり疲労聴牌(ツモれば跳満クラス程度)していたので今宵はアルコールのお世話になることもなかろう、兎に角、山小屋で生大が僕を呼んでいる、そう胸に抱きながら、朝食用の缶コーヒーをコンビニ袋にぶらさげながら、品定めに時間の掛かる面々の帰りを車で待っていた。 |
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| 野亜のナビゲーションシステムよろしく、3台のハイデッキカーは快調に塩原の街を駆け抜けてゆく。それにしても驚いたのは塩原温泉卿は朝0時を過ぎても何件かの飲み屋がまだ営業中であることだ。さらに、ラーメン屋が5軒くらいはあった。3時間に3麺が最高記録の重成にとって、5軒制覇には一泊程度の覚悟が必要かもしれぬ。 野亜のライトが眩しいのか、先行く乗用車は尽く道を譲ってくれた。ありがとう。君のその気持ちは多分無駄になる。うねる山道を行く。ナビで道筋の明るい野亜は軒並み80km程度の高速で飛ばしていく。そんなうちに、8時半過ぎまで激務に携わっていた「歩く本能」が体の不調を訴えてきた。私はいつものように下駄履きである。こんなこともあろうかと、サンダルを用意したものの、それは遥か先を行く野亜の中である。登山靴はどういう訳か蘭来に積んである。でもここで引損に負けてしまっては全国3万6354人のファンに申し訳がたたぬ。そんな時、道路工事中対面通行用信号機が赤色に点灯した。すかさず、針屋の助手席と運転席のドアが開けられ、2人の男が平面上に弧を描いては逆側のさやにおさまった。さて困った。下駄では野亜に追いつかない。下駄でブレーキが遅れてしまっては全国3万・・でなくて野亜に申し訳ない事態が発生する。かくして針屋の車内は運転席「裸足の闘魂with高燃費」、助手席は「酔える本能」という配置になった。酔える本能は助手席に移った途端、幾千もの呪縛と緊張から解き放たれたかのような笑みを浮かべながらすがすがしそうにしていた。しばらくすると、私以外の3人は3様の気絶姿があった。ホンノスコシ、クヤシカッタデス。ハイ。 |
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| 御池になんとかついた。丑満つ時なれど、かなりの車で駐車スペースは埋まっていた。半袖ハーフパンツには肌寒い福島の未明時、トイレに疾走して戻っては3時頃に寝た。 | |
| 夜が明けた。幾重のハイカーが車の前を通りぬけてゆく。コンビニで買ったコーヒーをすすりながら、昨日帰宅してから速攻で拵えたおむすび(with鮭フレーク)をむさぼっていた。4玉4様大きさがみな違うおむすびながら、おむすび暦がこれで2回目の私にとってはまずまずの出来であった。20世紀中にはおむすび一種合格を目指したい。そう、昨日おむすびの前に、ベイスターズ優勝記念セールでりんごが1個38円という広告を見つけ、退社後ママチャリ号を時速40km程度で疾走させたのも空しく、6時を回った陳列棚には微塵のりんごも見えず跡形もなし。嗚呼。ベイスターズにはぜひとも日本一になってもらい、りんごは5時からセールまで温存しておいてもらいたい。ここで今日一本目のバナナを口にした。 | |
尾瀬と闘う。就寝中は念のため履いておいたジャージを脱ぎ、ハーフパンツ姿になった重成は、他メンバのみならずあらゆるハイカーの奇異の眼差しと御池高原に降り注ぐ早朝の陽光を一身に浴びて、光り輝いていた、、、残りのバナナはコンビニ袋に入れられて、ザックのフックに取り付けられて、右に左に、左に右に揺れては揺れて、多いに後続者の視界を遮っては目障りなものになっていた。 |
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尾瀬といっても写真にあるような、湿原の狭間の木道がいきなり眼前に広がるほど甘くない。御池からは林道が続く。それでも木道はある。朝露に濡れ、滑りやすい。針屋の後部座席に乗っていたC嬢は、30分に1回程度の頻度で足を滑らせていた。私から彼女に、Coloberの称号を与えたいと思う。ちなみに、彼女のランキングは2位である。その回数では勝っているものの、今回は不参加だが白馬ではコマ送りのような誰にも真似のできぬコロビっぷりを発揮したD嬢(=ランキング1位、Colobist)には芸術点で若干劣っていた。次回、同席の折には2人の対戦も見てみたい。そして所々黄や赤の葉が姿を見せていた。この分なら次週でも十分紅葉を満喫できるであろう。時折林道の狭間に姿を見せるミニ湿原には、朝の優しい陽光が降り注ぎ、絵に描いたようなチンダル現象を確認できた。次回は是非とも山に登りたい。 |
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林道を縫っていくうちに段々と傾斜がきつくなっていく。三條の滝に向かう小径は狭く、雨でぬかるんでおり、更には年配の方がその往来に難儀していたため、渋滞が激しくなっていた。段吉新道分岐までは予定を上回るペースだと思ったが、しかたない。予定オーバーの末に辿り着いた展望台には、黄・赤・緑の中に真白な水爆のコントラストが疲労を癒してくれた。滝の音、水の音。それがささやかな小川の流れでも滝の轟音でも、それを聴くと心が和む私はやはり島国人なのであろうか。あまりに安心してしまったので、本日2本目のバナナを口にしてしまった。
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| 滝を離れ、また林道を歩いてゆく。すっかり暖かくなり、当然のように半袖Tシャツ姿になりながら、ダブルメインイベントの一つ、尾瀬が原を目指す。アップダウンを繰り返しながら、林道がやがて開けた所に元湯小屋があった。11時台ではあったが、尾瀬が原が混んでいて場所がなかったり、宿の晩飯は病院のように早い、などというゴタクを並べてここで昼食にした。売店には天然水で冷した数々の飲料が!もちろん、アルコール分4.5%程度のものも!すっかり回復した「酔える本能」に先陣を許してしまったものの、今宵の宿まで我慢のならぬ私はついに飲みはじめてしまった。この日3本目のバナナも。 | |
| 驚いた。ベンチで食っているうちに壮絶な光景を目にした。ガスボンベを背負って位尾瀬が原方面に歩いてゆく人が!しかも屋台サイズでなく家庭用サイズのそれを!!!敵ながら天晴れ!丹沢のボッカを思い出した。また、缶ジュースをケースで背負っていって山小屋に売ると良いバイトにもなるらしい。彼は幾らでボンベを運んでいるのか?ボンベの先に何が見えるのか。彼にはボンベマンの称号を与えたい。(ランキング1位)ボンベを運ぶものあれば、きっとビア樽を運ぶものも現れよう。生大、しばし待たれい! | |
| しばし歓談のうちに、西から雲行きが怪しくなってきた。寒い。そんなうちに、ポツリポツリと降ってきた。殺気を感じたので、ゴアテックスに身を包む前に4本目のバナナを口にしてしまった。 | |
思い思いのレインウェアを身に纏った11人の面々はその天候の変化に足取りをやや重くしながら尾瀬が原に向かった。辛くも元湯で飯にしたのは正解であった。時間の都合上、縦横無尽に歩き回ることはままならなかったものの、いつか観た風景、尾瀬がそこにはあった。水芭蕉の花は咲いていないけれど、一面の原っぱが眼前に広がっていた。燧が岳は何も言わなかった。尾瀬が原の東端の山小屋あたりまでくると雲はあるものの、雨はあがっていた。次回は晴れた尾瀬が原に水芭蕉を堪能してみたい。 |
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できれば尾瀬が原周辺の山小屋に泊まりたかったものの、予約で塞がっていたため、今宵は尾瀬沼北東岸まで歩かねばならぬ。沼まではまた林道が続く。林道の途中の小休止で、遂に本日最後のバナナを手にしてしまった。私の明日にバナナはない。最後のバナナ片が喉元を通過したとき、内なる達成感にしばし放心状態となっていた。我ながら今日のバナナ消費に大きく貢献したと思う。全日本バナナ推進振興会(全バ進)に申請して表彰してもらわなければ。その後、私のザックの後ろで、コンビニ袋に皮となり果てたバナナ殻が空しく揺れていった。 |
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| 林道も長引き峠もあって、隊員の口数も減っていった。やがて拓けるは清らかな水面。沼尻の売店に到着。ここのトイレが200円もする。トイレだけで。 WHY? |
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| 昨日辛いものを食べ過ぎて、お尻が痛い方や昨日拭き忘れてしまったハイカーに朗報である。兎に角、数日分のものを溜めておいてぶっ放すだけの意味はある。尾瀬の清流によって出す前以上に奇麗になれる。迷わず溜めよ、放せばわかる。その開放感と噴水感に、心すら洗われるに相違ない。画像でお伝えできないのが残念である。ちなみに、沼尻には宿泊施設がない。部分シャワー付きの200円の個室で一晩過ごすという手もある。健闘を祈る。 | |
尾瀬沼北岸道をひた歩き、ようやく小屋が見えて来た頃にはかなり日も落ちかけた4時半頃であった。宿泊登録を済ませ、別館の部屋に案内される。11人で12畳、1畳余るから荷物でも置いてくれ、という宿の人の有り難いんだかよくわからぬ言葉をもらう。きっと13人で来ても12畳だったのでは?私を1畳に収めるのは難しい。晩飯は5時とのことだが、本館の食堂には数十人の待ち行列が配給を待っていた。尾瀬るるぶなどのガイドブックにさぞかし和めそうな雰囲気の談話室が載っていたのだが、ここも行列から溢れた人々で足の踏み場もない。それでも、暇つぶしにと、持参した週刊プ○レスを部屋に取りに行っている間に行列も小康状態になった。 |
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| 食堂にようやく入った。虹鱒の塩焼きに、マッシュトかぼちゃ、茹でたブロッコリー、味噌汁、そして、 | |
| であった。野沢菜、ご飯それぞれ | |
| である。ということで、様子見に一杯目は宇宙盛りにとどめておいた。野沢菜には唐辛子が混ぜてあり、食欲が激しく進む。かつて野沢菜さえあればご飯が何杯でも食える、野沢菜デストロイヤーであった重成は、 | |
| ご飯:宇宙盛り+上品盛り 野沢菜:どんぶり一杯分 |
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| という戦課にとどまった。一杯目を異次元盛りにしておくべきだった。虹鱒、かぼちゃもともに美味であった。来シーズン以降、当該山小屋で重成の宿泊拒否がありうるかもしれぬ。 | |
| 残念ながら、本館分館土産物屋を見ても生大を発見することができなかった。それでも本館には缶ビールの他にワインも置いてあった。 | |
| 夜が明けた。夜中に「歩く本能」が寝言を言っていたのを数人が「聴」撃していた。とても流暢すぎる外国語の様で何を喋っていたのか理解ができなかった。流暢すぎて誰も理解できずに彼は学生時代に語学で単位を失ったという。合掌。 バス乗り場のある沼山峠までの所要時間を読み間違えて朝飯の時間がないと思って弁当を頼んでしまった。ミステーク、とも思ったが昨日の食堂の行列を考えると弁当で正解だった。梅干し入りおにぎり2つに鮎?の甘露煮と漬物のパックだった。特に鮎はうまかった。 |
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| 尾瀬の朝は寒い。さすがの私でも半袖ハーフパンツでは死を招きそうであったのでレインウェアに甘んじた。 すぐ沼山峠に戻っても芸がないので尾瀬沼を一周する。朝日映ゆる尾瀬沼。木々の眠る尾瀬沼。尾瀬沼は輝いていた。靴音と、ザックに括り付けられたステンレスカップの甲高い金属音のみがこだましていた。 ちなみにバナナの皮袋は今日もゆさゆさと揺れていた。沼岸道沿道にはパンダが出てきそうなほどの笹が生い茂っていた。常緑広葉樹や針葉樹が多いのか、目の醒めるほどの真っ赤や真っ黄色という光景はなかったが、その方が写真や絵っぽくなくてよい。 |
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やがて沼に別れを告げ、沼山峠を目指す。登りが続く。沼山峠から見下ろす尾瀬沼もとても奇麗である。今朝沼山峠に到着してこれから尾瀬沼方面の周遊を目指す人の群れ、群れ、群れにすれ違う。みんな、せいぜい頑張り給え。とりあえず私には貴方に追従するエネルギーはちょっとない。あぶなっかしいお年寄りも大勢いる。達者であれ。峠を過ぎてからバス停までは下り、足も軽やかになり、やがて売店を見つけては走り出す隊員たち。時刻表に載っている10:20分のバスが出たばかりで閑散としていたが、自家用車規制期間につき臨時バスが随時運行されるという。私が「アイス食いたい」と言うと、こぞって「アイス!アイス!」と叫びながら、2日間延べ約12時間、5万歩近くを歩いてエネルギーを消耗しきったにも拘らず、第3のエネルギーを振り絞ってザックを背負ったまま時速約15kmで売店を襲撃する面々の姿があった。残念なことにその売店にはアイスはなかった。 |
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| 定員の半分にも満たなかったものの、程なくバスは発車。御池までのうねり道に鮮やかな紅葉を見た。 御池の売店で念願のアイスと土産を手にし、一路関越道を目指す。るるぶによれば、昼飯に最適そうな蕎麦家も、疲労を癒す温泉も豊富にある。そんな矢先だった。 |
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| ガスがない。 | |
針屋の燃料計の針は一番E寄りを指していた。最短で、集落があると思われる銀山平までまだ30kmもある。銀山平に給油所があるとも限らぬ。只見川を越えて新潟県に入り、右手に奥只見湖が姿を現した。天気もよく湖水の青と木々の緑のハーモニーに酔いしれる心の余裕はなくなっていた。やがて銀山平まであと15kくらいの場所で、 |
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| 翌日に直行で客先にいかねばならぬ。その前に、仕入先からのメールをチェックしなければならない。ダイエーも閉まってしまう。今週も鶏胸肉36円/100gを逃してしまった。MSサイズ1パック50円の卵も。心配のうちに、湖への見晴らしのよい場所で先発の野亜が停車した。やはり野亜にもガスがない。でもまだ警告灯は点いていない。なるようにしかならない。 | |
| 腹も減った。○○屋のカツカレーが食いたい気分になった。しかし、隣りの歩く本能が○○屋のカツどんは許せないと怒り出した。衣が分厚くて、卵の閉じ方が親子丼と同じなのだそうだ。このままだと全国トンカツ審議委員会(全トン審)の監査が入って○○屋でカツカレーが食えなくなってしまうかもしれないので、それ以上の論争は避けた。 | |
| やがて、ガイドブックにあった「湖水荘」という蕎麦屋に到着。そもそもそれ以前に食事のできるような場所はなく、店内はほぼ満席だった。蕎麦屋で最寄りのガソリンスタンドを聞く。 | |
| 20km先にある。 | |
| 蕎麦は旨かったのだが、どうも気が気でなかったため、印象は今一つであった。それでも生と思しき山葵がそれほど辛くなく、細切れのみょうがもよいアクセントとなってもりそばと融合していた。 | |
| 蕎麦を食って、湖畔で寸分だけ途方に暮れていた。次回は手こぎボートで奥只見湖を闊歩してみたい。蕎麦を食ったところで、不安が消えるどころか、 蕎麦の他にもいろいろ食べたために4人とも重くなってますます燃費に拍車を掛けてしまったことに気付いた面々を載せる針屋の車内は、重い空気に包まれていた。 蕎麦家のおばちゃんに教えてもらったルートを行く。蕎麦家のすぐ先を右折して、トンネル内の交差点!を左折。このトンネル半端な長さでない。トンネル内でジ・エンドとなってしまったら?兎に角、トンネルに入って息を止めて死んでしまったら、次の人が息を止めはじめて、また死んでしまったら次の人、というように繰り返していったら十数人くらい死んでしまいそうなほど、それはそれは長いトンネルじゃった。 |
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| やがてトンネルもまばらになり、どうやら峠からの下りに差し掛かっているようである。 | |
| 燃料警告ランプが点灯してから約30km、エアコンoff、カーステoff、トンネル内では無謀にもライトを消しながらガスの節約に勤しんだ針屋が、ついにガソリンスタンドの手前約2kmの地点で止まった----- | |
| というか、止めてしまったのである! 道路工事中対面通行用信号が、先頭の野亜が通過後に赤になった。私が、「エンジン切れ!」と言ってしまったのである。昨晩の経験から、この田舎道の工事用信号機は非常に長い。もうその時は、エンジン切ったがために再起動しなくなってしまう、という心配をする由もなかった。もしなっていたら?多分、しばらくこのまま下りだから、下まで行けるだろう。行けばわかる。 |
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| 信号機が青になった。辛うじて針屋は再起動に成功した。かつて有料道路だったこの奥只見シルバーラインの料金所跡の彼方に、一筋の光明が差した----- | |
| 救われた。給油所である。 湖水荘から直進してもここには来れた。しかし、シルバーラインの方が距離が短かった。あそこでおばさんに聞いておかなければ、「銀山に死す---享年27歳」であったかもしれぬ。 |
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| 目指していた温泉はそこから奥只見方面に1kmほど戻ったところにあった。「ユピオ」といい、温泉のある地域センターといった雰囲気である。建物はあたらしい。入浴料は500円、浴槽は1つだけだが妥当な線である。そして風呂の次は、琥珀色のスポドリに酔う。ここが自宅でないのが悔やまれる。 | |
| ごく一部メンバーが千鳥足になりながら、野亜と針屋は関越道を上っていった。いろいろと渋滞に巻き込まれて、圏央道を青梅にすっ飛ばしてみたものの、町田の永谷園でお茶漬けセットを食べているうちに11時くらいになってしまった。結局その足で会社に行って、メールをチェックしてはみたものの、その内容は概して期待外れであった。これだったら永谷園でとんかつを食っていてもよかった。家に戻った頃には日付変更線を越えていた。こうして重成庵の夜は更けにけり。 |