激走

不定期連載 山道をゆく 第143話
03/11/02 皇海山
皇海山(日本百名山、関東百名山、庵選千名山253)
(includes 不定期連載 蘇ったカツ道をゆく 沼田 山彦(登場7回目))
【激走】

11/02(日)
庵庵−R16−八王子バイパス−入間IC−赤城高原SA−沼田IC−R120
−栗原側林道−皇海橋…稜線のコル…皇海山…稜線のコル…皇海橋
−栗原側林道−吹割温泉センター・龍宮の湯−山彦−昭和IC−入間IC−R16
−八王子バイパス−庵庵

−:車、…:歩き・走り

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其の林道の起伏具合が、予てからの懸案だった。ガイドブックには悪路の2文字がちらついていた。上手く友人を巻き込めるだろうか。巻き込めそうな友人は今週から既に雪山モードに突入してしまっていた。天候も上々の見込みだ。何事も経験だ。
2時半に起床して休部号を始動させる。R16を快走して行くと、八王子バイパスもETCゲート設置の工事中であった。11月28日にはオープンの運びと言う。漸くか。インターチェンジ手前でガソリンを補給し、圏央道を突っ走る。林道通過は日が昇ってからと思い、沼田IC通過目標時刻を5時に定めたが若干遅れた程度であった。沼田ICではETCの御蔭で若干3台程を尻目にし、R120を急ぐ。コンビニに寄って食糧と飲料を調達し、椎坂峠を駆け抜け、後は林道への分岐点を見失わないとの懸案を残すのみとなった。
前日に図書館で入手したガイドブックには、吹割の滝手前の交差点で右折との指示が記されていた。休部号の前を丁度アウディの4WDステーションワゴンが右折して行く。車格からして目指す場所は一緒なのだろう。林道検索に暫し立ち往生が見られ、其の後の20km超の林道通過もスローペースでは此方のフラストレーションが溜まりかねないとは思ったのだが、一度非舗装路に突入するとアウディは疾風のように消えて行った。
遂に始まってしまった。20kmの林道である。砂利道である。皇海橋には何時到着出来るのだろうか。6時15分頃だろうか。トリップメーターを時折睨みながら、ドンブラコドンブラコと起伏の波に揺られていた。低床休部号で大丈夫だろうか。8月の美濃戸の林道も酷かったが、今回の長さは半端ではない。アウディに追い付かないのは一向に構わない。対向車が飛び出てきたら一巻の終わりだなぁ。林道は辛いよ。ドンブラコ、ドンブラコ。薄墨色の空は未だ未だ気休めにもならない。忘れた頃にアウディのヘッドランプを確認するも、瞬く間に先へ消えてしまった。アウディを煽る所か、後続車両に煽られなかったのが幸いである。取り敢えず天気は持ちそうだな、然し、何時まで続くのか、この、ドンブラコ、ドンブラコ、栗原川林道は、、、ガードレールは無いとは言え、飛ばさなければ問題はない。然し、この起伏に、何時車が悲鳴を上げるか、あ、もう上げてるか、、、空の明るみは少しずつ勇気を与えてくれた。トリップメーターを幾度も見直し、皇海橋までのカウントダウンを続けた。あと5km、、、あと3km、、、飛ばさなければなんて、とても無理だ。飛ばすことは不可能だ。到着には結局6時半を回ってしまいそうだ。。。
漸く車列が現れた。ああシンド。皇海橋には登山者用のトイレまで用意されていた。タクシーの運ちゃんなどが、橋の向こうに未だスペースがあると親切にも教えてくれた。6時半にして既に20台程度であろうか。3連休だからハイカーは縦走の出来る山に散ってしまったか、さもなくば今からまた溢れるのだろうか。其の20台のうち半数以上の車には未だ支度中のハイカーが屯していた。相変わらず準備運動と本番との区別をつけていないアントニオは、彼等を尻目に登山口を発った。
先行くハイカーを2名程追い抜きながら不動沢の徒渉を繰り返す。雪解けの季節でもないのに滾々と流れる不動沢に、今日も自然の息吹を痛感した。一体全体、何処に溜まっていた、何処から沸き出ずる伏流水なのか。雨後若しくは雪解け時にはずぶ濡れを覚悟する必要があろう。不動沢に足を取られさえしなければ割と登り易い登山道に思う。コル寸前には急登も有ったものの、更に急なショートカットコースにも親切にテーピングが施されており、迷う心配は全くない。
稜線のコルに到着するや否や、元気なオジサンハイカーも後を追って来た。すゎ、何処かで抜いたか?さもなくば、庵速に追随して来たのだろうか。百名山だけあって皇海山と検索に掛ければ五万と引っ掛かるなどと、朝っぱらから口数の多いオジサンだった。南東側の鋸山に朝日が映えて凛々しく見惚れ続けていたいものの、庵速の疑いのあるオジサンに負ける訳には行かず、其の未練を断ち切って氏の休憩中に先を急ぐ。
ミズナラ幹間を駆け抜けると時折見晴しも利く。もう少しだろう、もう少しだろう、と空の青さに惹かれながら山頂に到達したのは未だ8時過ぎ頃であった。今日も瑞牆と同程度にコースタイムを粗半分でクリアしてしまった。先客は若干2名。挨拶も覚束ないが、彼等としては山に静寂を求めて来たのであろう。思った以上に展望はないが、冬枯れの目立つ幹間からは燧ヶ岳、至仏山、平ヶ岳、奥白根山、武尊山、赤城山、谷川岳などが覗いている。富士山は残念ながら霞みの彼方だが、ヒンヤリとした空気の中、皇海の語感に恥じぬ青空が広がっていた。或る意味展望が望みならば奥白根山にでも赤城山にでも行けば良い。渡良瀬川水源の地にはミズナラに囲まれた崇高な静寂があった。紅葉の酣も過ぎ去った今、百名山ピークハンターのみにしか魅力のない皇海山であろうか。海の文字あれど、skyとは。透き通る涼感が堪らない。静寂を貪っていると、先程の口数オジサンが減らず口を引っ提げて登場した。「何だ、もう着いてしまったのか・・・」偉そうなオジサンに付き合う時間は惜しく、静寂の失われてしまった山頂を辞すことにした。

コルへの戻り道の途中には、何箇所か見晴しが利いた。鋸山の鋭鋒が相変わらず力強い。そして擦れ違う数々のハイカー。狭い山頂が極近い将来芋洗い場と化すであろう。早起きは32文の得である。下山中に先行して山を降りつつある2名を抜き去り、皇海山からの帰還者本日第一号のタイトルは難かった。
急いでいたのには理由がある。林道運転が苦手なのだ。後から降りて来た者に煽られる前に林道を通過満了したい。皇海橋に戻れば、未だ未だ是から登らんとする者も多く、この分だと林道でも対向車と擦れ違う可能性も否めないであろう。未だ若干午前9時台なのだ。。。
案の定、5台程度の車と擦れ違った。難路を何とか脇に逸れて道を譲り合った。嗚呼、沿道の紅葉が眩しい。然し、見惚れていればきっと後続車に煽られるであろう。一時、見惚れるに飽き足らずデジカメ映像に残したく車を停めたが、其れ一度のみにて以後は断念した。恐らく下山中も将に皇海橋寸前で追い越したおじさんの1ボックスカーであろうか、3台目あたりの対向車との擦れ違いに往生しているうちに追い付かれてしまった。其のような事は三度あり、何れもアクセルを踏ん張って逃げ切った(笑)。何も逃げることはなかったのだが。三度目は林道も残りあと2kmを切っていた。 林道の始点周辺は飛ばす車も多いのか随分と道も均されているようで運転もし易かったのが幸いである。漸く舗装路が見えた!其の向こうの畑で野良仕事に従事している老夫婦に完走を誇りたかったが、敵を煙に巻くには未だ減速は難しかった。矢張り林道は長かった。錦繍すら生温い。何時までも続く林道に、舗装路の有り難味を痛感した。休部号は被爆したかのように泥だらけである。昨日洗車せずに良かった。利根村の明るい農村が広がっていた。嗚呼、やった。下山は今日も粗コースタイム半分だったことより、林道を完走出来たことで大分経験値も上がったように思う。やれやれ。
尾瀬るるぶに掲載される幾重の温泉を見比べても、料金には差が無さそうなので、至近と思われる吹割温泉センターを訪ねることにした。龍宮の湯にはBGMに「川の流れのように」が流れていた。地図さえ見る必要はない。其れもまた人生。温泉には群馬ナンバー車以外は殆ど見当たらなかった。露天風呂の隣りは田圃であった。11時台の温泉は粗独占状態であった。所謂日帰り温泉の先駆者なのであろうか、やや鄙びてはいるが清楚で悪くはない佇まいである。オバチャンも気さくだ。廉価で仮眠も出来るし、2食付きで宿泊すれば、地場産物のオンパレードに溜飲も下がりそうである。また訪ねようか。
さて、そろそろ昼時である。もう腹は決まっている。R120は今から紅葉狩りと思しき客を乗せた観光バスや乗用車で渋滞は甚だしかった。上り沼田方面へもサンデードライバーが多く、既に次の目的地の確定しているアントニオにとってはフラストレーションの溜まる交通量であった。沿道には幾つかの豚カツ屋の看板が並んでいたが、「チッチッチ!」と舌打ちしながら、我の目指す物とは比較にはならないと鼻の先でせせら笑っていた。沼田ICには見向きもせず、沼田市街地を抜ける。休部号は市街地の高台からゆっくりと駅方面へと下って行った。
オヤジさんは1月前にも寄ったことを半ば覚えていてくれたような表情でアントニオを迎えてくれた。そして、今日まで温めていたあの注文を、発揮する時が来た。遂に其の日がやって来たのである。
南極、ダブル。
豚カツを2皿である。
「御飯は普通で良いから、豚カツを2枚!!!!!」
オヤジさんは一瞬躊躇してはニヤりとした。黙っていると御飯はまたワンゲル盛りになってしまう。ワンゲルと南極ダブルは命に差し支え兼ねない程危険である。草鞋カツ2枚である。ナノテクノロジーを駆使した、皿の透けて見えるような草鞋カツではない。霜焼けで膨れ上がった草鞋と言うべきか、遺伝子組み替えで超厚化した草鞋と言うべきか。Pasadenaで食ったCountry Fried Steakより厚い。日本の豚カツ技術の集大成と言えよう。メキシコとのFTA締結による豚肉流入の危機にも其の厚みで十分対抗し得るものと思われる。
待つこと数分、オバチャンが念押しで笑みを称えながら、「御飯は普通でいいの?」と問う。カツは果たして、豚カツのみでなく、付け合せの千切りキャベツなどを伴って定食と同じ皿丸ごと登場した。先週に引き続き、莫大な千キャベだ。そう来たか。望む所だ。貝殻亭世界選手権にて刺身のツマまで平らげた歩く本能氏の栄光が脳裏に過ぎる。一時は千キャベくらい残しても、とは躊躇したものの、其れはキャベツ農家及び山彦の厨房各位に申し訳なくて出来ない芸当であった。カツ達は思いの他喉を心地良く通過して行き、千キャベも箸休めとして十分奏功していた。果たして17分後、あらゆる食材は全て庵胃の藻屑と消えた。タイミングさえ間違えなければ難しくはない。斯くして山彦とんかつ定食史第二章は呆気無く終わった。明日からは第三章の幕開けである。第三章には何が待つのか。そもそも第三章自体の存在が罷り通るものなのか。新たなカツ道は、想像も難しい。
連休中日昼過ぎの関越道は、交通量は皆無ではないものの順調な流れであった。特に前橋から南側は3車線で非常に快適であった。圏央道に逸れれば渋滞とは無縁で入間ICに到着した。然し、R16は何時ものR16で、有料でも構わないからバイパスの建設を望む所だ。

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さすがに今日の泥は早目に洗い流そうと、重い腰を上げて洗車を試みた。きっと明日には雨が降ることだろう。。。

(完)

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付録:

山旅アドバイス
・栗原側林道は起伏も激しく、低床車両は不向き。
・皇海橋にはトイレあり。個室は1室のみ。シーズンは渋滞を
覚悟すべし。
・皇海橋から暫くは不動沢の徒渉を繰り返す。
ゴアテックスのブーツ推奨。